子ども手当。
昨夜の話。
ゆっくり温泉に浸かって仕事の疲労を取ろうと、帰って直ぐ、PM7時前からお船出の湯へ。仕事のストレスからの解放は湯に限る。
すると、親子づれのお客さんが入って来る。
子供は上の子、男の子5歳くらい、下の子女の子で3歳くらい。
そして、30歳くらいのお父さん。
その上の男の子が走るわ、叫ぶわ、おまけにジャポーンと湯船に飛び込むわ・・・。二度ほど、「こら、いかんぞ」と叱る。ほんの一瞬だけ効いて、でも、また元の黙阿弥。また、暴れる。子ども泉谷しげる状態。正に閉口。
これはいかんと体が勝手に親父のところへ行っていた。
「言うこと、きかんばい。このままじゃいかんばい」と。
真剣に目を観て囁くように言った、って言うかいつの間にか言っていた僕。
「・・・・。すいません。」とお父さん。
サウナ内のテレビでは、7時のニュースで「今日国会では子ども手当について議論された」と報道。最近、目に活力のない鳩山総理は、「命を守りたい」と連呼、そして子ども手当の必要性を説く。しかし、今渡す、この子どもへのお金は、いずれは今の子どもたちへと付けが回ってゆくのだ、これは紛れもない事実。僕は温泉で、大人げなく子供を叱っているのかもしれない。あまりに周りの大人が大人しいから、いつも自問自答です。でも、お金を未来の借金で渡すより、僕は今の子供達の事を思っているよ。「人前ではもっと、行動を考えなさい」と社会のおっさんが言わねば、誰が言うのだ。子どもにとっての本当の手当とは何だろう。手を当てて施すから手当というのだ。お金を渡す、それを「手」当てって言うのだろうか・・・。僕は国会で一度、じっくり鳩さんと議論したいよ。「大人は何を子どもに成すべきか?」を。
温泉は最高でした、疲れも取れてかなり熟睡できました昨夜。
ただ、ストレスを解消に風呂に行ってもやはり、その癒しスポットでもいろいろあるのだね。まったくもって、社会って何だろうなぁ・・・。
ただ、僕自身、自己を行動をしっかり見つめ直しつつ、歩んでいきます。
僕に子どもを叱れる資格があるのか?を自問しながら。