今を生きるんだ
「絶望があって始めて本当の希望が生まれる」。
今の若者の目がギラギラしてないのは希望や夢がないからではなく、本当の絶望や本気の失望を知らないからである。
精一杯本気で闘わないと「失望」や「絶望」は味わえない。
この間テレビで、戦争後で病人が多く医療がまったく足りていない国に日本人医師と看護婦が海を渡った番組が流れていた。(どこの国かは忘れた)
義足の子供達を診察して薬をやったり栄養が足りない負傷者や病人を看護していた。
そこでの看護婦と義足の子供のやりとりで興味深い会話があった。
義足と触れる地肌は気をつけないと傷になり化膿するらしい。
少しでもその子供にあう義足をと頑張っていた看護婦に子供は
「お姉さんのもっているペンやノートが欲しい」
と言うのだ。
義足の充実よりも未来への実感が欲しいのだろう・・。
その言葉にハッとした看護婦。
その子供が一番望んでいるのは将来に対して「希望」なのだ。
そう、子供は勉強をしたいのだ。
例え身体が傷ついて障害を持っても「希望」だけは失わない、いや、失えないと言った方が言い当ててるか。
戦争で親を亡くし、友達も行方不明。
自分の足は片方しかない。
でも、この子供的には片方はある、なのかな・・・。
やるせない気持ちを持ってただ誰の為にもならない殺しあいが終わるのを待つだけ・・・。
生き残ったこの命のベクトルは未来へと。
「勉強がしたい・・・」。
生きるというのは、やはり前を向いて歩いてゆくしかない。
そして我々平和な日本。
平和であることは誇っていいこと。
今の時代、何でもできる。
やりたいことがあるなら君自身が身を削って奮闘せよ。
もちろん、簡単にはいかない。
そこで失敗して失望して学ぶんだ。
そしてまた立ち上がる。
命というロウソクには限りがある。
そう、精一杯だ。
今を生きるんだ。